神奈川県総合リハビリテーションセンター

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脳外傷・高次脳機能障害

通院グループ訓練

当院における“通院プログラム”について

青木医師の写真
リハビリ科第二
部長
青木 重陽

脳外傷などの後天性脳損傷を被った方の場合、歩行や日常生活動作ADLが自立したにも関わらず高次脳機能障害の影響により社会参加が困難になる方が多数います。このような方には、従来のリハプログラムだけでは問題は解決しないということが言われてきました。
脳外傷のリハに関して我が国よりも先進している米国では、20年以上前からこういった方々に対して通院グループ訓練が有効であるという報告がされてきました。そして近年、我が国でもこのような通院グループ訓練の機運が高まってきており、幾つかの報告も見られるようになっています。
神奈川リハ病院では、全国に先駆けて、平成13年より脳外傷などの方のために通院グループ訓練「通院プログラム」(=以下通称「通プロ」)を行ってきました。このプログラムについて、紹介をさせていただきます。

1 プログラム利用者

「通プロ」は、平成13年9月の第1期に始まり、年2回のペースで施行し、平成24年5月現在で第22期が進行中です。
これまでに計21クールを終了し、計134名の方が利用をされました。
利用される方は、

  1. 脳外傷などによる高次脳機能障害があること
  2. 歩行・車椅子に関わらずADLがほぼ自立していること
  3. 就労・就学を目標としている(ここでの就労は福祉的就労を含みます)こと 

が必要条件となっています。 1クールの利用者は6~7名で、医学的評価、神経心理学的評価、職業能力評価、社会的評価などを受けたプログラム利用候補者の中から決定されます。
後方視的な検討からは、受傷からプログラム開始までの期間は平均1,156日(約3年!)で、また受傷後仕事に就いたが辞めた経験がある方も12.7%いました。すなわち、受傷後時間が経った方、離職などの問題を経験した方の参加も少なくないプログラムであると言えます。

2 プログラムの構成

「通プロ」は、週2日、1日2~3時間で構成され、現在は4ヶ月間を1クールとして行っています。障害や社会制度について学習する“コーディネーター・セッション”、対人技能訓練・職業技能訓練からなる“ソーシャルスキル・トレーニング”、運動・陶芸などの余暇を提供する“アクティビティの提供”の3つが柱となっています。また、ご家族自身のストレスや問題点への対処法などを話し合う“家族セッション”も併行して行っています。

3 プログラムの効果

コーディネーターセッションの写真
コーディネーターセッション

プログラムの効果はどうなのでしょうか。以下に1~12期までの78名の分析結果を示します。

1. プログラム利用者の能力

「通プロ」前後の利用者の皆様の能力と社会参加の状況を、FIM・FAM、CIQという評価法で調査してみました。プログラム前と後で、FIM・FAMの合計得点は75名(96%)が改善、CIQの合計点は71名(91%)が改善しており、下位項目も全項目に有意差をみる結果となりました。「通プロ」は、利用される方の能力と社会参加状況を改善させると言えそうです。

2. プログラム利用者の病識

過去の報告からは、通院グループ訓練は病態認識を上げるとの指摘が数多くされています。そこで、通院プログラムでも、Kiss-18という評価法を利用者とご家族につけてもらいその差をみる方法で、病識について調べてみました。利用者‐ご家族の得点差は、プログラム前の平均11.3点から終了時には平均9.4点に縮まっていました(統計学的に有意)。「通プロ」が利用者の病識を向上し、ご家族の認識に近づけたと考えることができます。

通院プログラム参加者の転帰の図

3. 転帰

図に、プログラムを利用された方の現在の転帰を示します。(プログラム終了後平均3.3年)就職・就学をされている方は32名(41.0%)で、福祉的就労まで含めると約70%の方が新しい活動を始めており、他に現在就労等に向けて訓練中の方が約10%という結果でした。利用者の皆様がADLがほぼ自立しているなどバイアスがかかっているため単純な比較は難しいですが、プログラムを終えた後多くの方が就労・就学の目標を達成されていました。

4 今後の課題

プログラムを重ねるにつれて、幾つかの課題も明らかになってきました。
一つは、病識向上に伴うリスクの問題です。「通プロ」の大きな役割の一つに病識の向上があることは前述した通りですが、御自分の状態に気付き、それを認め受け入れるということは、身を切るように辛いことなのです。当プログラムでは必要に応じて個別カウンセリングを行う等の対応をしてきましたが、それでもプログラム途中で中断せざるを得なかった方がありました。後方視的検討では就職できた方ほど病識が高く、病識の向上は就職をするためには大切な要素なのですが、一方でリスクもあるという点は考慮が必要です。その意味では、退院後すぐではなく少し社会に触れて幾つか失敗の体験もされたことのある方の方が病識は向上しやすい面もあるようです。

もう一つは、プログラム終了後就労までの経過です。プログラム終了から仕事に就くまでの期間は、元の職場に復職する方で平均227日、新規に就職される方で平均504日、作業所等の福祉的就労に就く場合でも平均282日かかっていました。この間は、当院職能科でより実地に近い訓練を受けたり、更生施設・能開校・障害者職業センター等を利用したり、また職場に事情を説明して準備をしてもらう期間となっていました。当院の「通プロ」は、就労への課程の初期段階に位置するようです。このプログラムによって就労へのリハを受ける心構えが整うように感じられます。
グループで行う「通プロ」には、従来の個別訓練では得られない大きな効果があります。プログラムの特性を正しく理解してその効果が最大限となるように今後も取り組んでいきたいと考えています。

  • FIM(Functional Independence Measure)
    日常生活動作能力に関する評価法の一つ。更衣や入浴、歩行などの項目からなる。国際的に広く用いられている。
  • FAM(Functional Assessment Measure)
    認知、行動、コミュニケーション、社会参加などの能力を評価する方法。FIMと共に用いられることも多い。
  • SIQ(Community Integration Questionnaire)
    脳外傷者の社会参加状況をはかる評価法。家庭内活動、社会活動、生産性(就労状況)に関する項目から構成される。
  • Kiss-18
    社会的スキルを測定する評価法。問題解決、トラブル処理、コミュニケーションに関する項目からなる。
 
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